緑に包まれた道のはじまり──カサブランカから出発

モロッコに降り立ったカサブランカ空港を出発して、
最初の街シャウエンまでは約6時間の車移動。
道のりのはじまり、車窓に映ったのは、青々とした丘の連なりだった。
アフリカと聞いて思い浮かべる乾いた大地とは違って、
このあたり一帯は驚くほど緑が豊かだ。

緩やかに波打つ丘のうねりは、見ているだけで心がほぐれていく。
ときどき現れる、素朴な家並み。道路脇の出店。
ロバの姿。羊を連れた人。
どこかに腰を下ろして、ただ空を見上げている誰か。
そのひとつひとつが、まるで映画のワンシーンのようで、目が離せない。
カメラの録画ボタンを押したまま、しばらく無言で車窓を眺めていた。
小さなコーヒースタンドでのひと息

移動の途中で、小さなコーヒースタンドに立ち寄った。
ドライバーのブラインが、「どうぞ!」と笑顔でコーヒーを差し出してくれる。

モロッコでは「割り勘」文化がないらしく、ブラインが気前よく奢ってくれた。
その優しさに、疲れた心と体が癒される。
カラッとした晴天の下、いただいたブラックコーヒー。
つい癖でブラックを頼んでしまったけど、はちみつ入りがおすすめらしい。
甘くて美味しいし、喉に優しいんだって。
確かに乾燥したモロッコでは、はちみつは必須かもしれない。

コーヒーと一緒にくれたクルミ入りのデーツも、はじめての味。
口いっぱいに優しい甘さが広がる。
あっま〜い!
自然由来のやわらかい甘さで、疲れが吹き飛んだ。
車窓に流れるモロッコ音楽

車内では、心地よいリズムの音楽が流れている。
フランス語とアラビア語が入り混じるような、耳なじみのない言葉。
ブラインは初対面の印象から、確実にモロッコでもイケてるタイプのおしゃれな人。
音楽のセンスも抜群だ。
これからの旅がより一層楽しみになる。
夫はフライトの疲れが出たのか、少し体調を崩していた。
熱中症のようでもあり、美味しい機内食の食べすぎのようでもあり……
いつもの元気が少し足りない。
それでも、窓の外を一緒に見つめたり、そっと微笑んだりしながら、
ふたりで静かにこの旅の時間を共有する。
ウェザーンの街並みと、夕陽に染まる丘
春の鮮やかな緑に包まれた丘を眺めながら、長時間の車窓を楽しんでいると、
やがて、遠くに小さな街が見えてきた。

ウェザーン、という名の街らしい。私はこの景色にすっかり心を奪われた。
するとブラインが「明日フェズに向かう時も通るよ。楽しみにしてて!」と言ってくれた。
だんだんと景色の色合いが変わっていく。
夕陽が街をやさしく照らし、丘の稜線がオレンジ色に染まっていた。

20時を過ぎても空はまだとても明るい。
日の入りはどうやら20時30分頃。
経度としては19時30分の位置に近いと思うので、なんだか時間感覚がわからなくなる。
そんな時間の違いも、旅の楽しみだなあ。
約30分間、車窓をじっと眺めていると、
うねる丘の遠くに、真っ赤な太陽が沈んでいった。
この美しい景色は一生忘れられない。
夜のとばりの中、青の街シャウエンへ

感動していると、その後はあっという間に暗くなった。
夜が深まり、遠くにシャウエンの灯りがぽつぽつと現れはじめたのは、0時を過ぎた頃。
“青い街”が、ようやく目の前に現れた。
長い一日だったけれど、あたたかい余韻が残る、穏やかな道のり。
きっとこの道も、旅の記憶の中で、
ひときわあたたかな場所になるのだと思う。
シャウエンに到着

日付が変わった0時頃。
わたしたちは夜遅くにシャウエンに到着した。
日本からフライトを2本乗り継ぎ、さらにそこから6時間にも及ぶ車移動。
丸1日以上を移動に費やした身体は、さすがに重い。
それでも、車の窓を開けた瞬間、ふっと街の空気が入り込んできて、
遠くへ来たことを実感する。

夜の帳が下りているというのに、街にはまだ人の姿がたくさんある。
まるで、まだ21時頃かのような活気だ。
若者たちが楽しげに会話を交わしている。
モロッコの街はまだ眠らないのだろうか。

空には星が浮かび、涼しい風が頬をなでていく。
ようやく辿り着いた宿。安堵と高揚感で心が満たされていく。
静かなホテルでひと晩の休息

泊まったのは、明るいブルーの外壁が可愛らしいホテル。
建物全体に人の手のこもった親しみがある。
旅のはじまりにふさわしい、優しい出迎えを感じさせてくれる場所だ。
中に入ると、がらんとしたロビーには控えめな灯りがぽつり。
人の声も、足音もほとんど聞こえない。
チェックインを済ませて、部屋に荷物を運び入れてもらい、チップを手渡す。

ベットに倒れ込んでしまう前に、まずは軽く明日の準備を整える。
クタクタの体を横にした瞬間に、朝になってしまいそうだった。
支度を済ませて鏡の前で髪をほどくと、ようやく「今日」が終わった気がした。
シャワーの湯気に包まれながら、移動の疲れが少しずつ洗い流されていく。
真っ暗な部屋の窓からは、シャウエンの“青”はまだ見えない。
青い街の美しさは、きっと明日の朝、この窓の外でわたしたちを待っている。
シャワー後の1時過ぎには、さすがに街の賑やかさも落ち着いていた。
朝日で目を覚ましたいから、カーテンを開けて眠ろう。

ベッドに身を預けると、柔らかいマットレスに身体が沈み込んだ。
重力に引かれて、まぶたがゆっくりと閉じていく。
旅の緊張、移動の疲れが、静かにほどけていく。
深い夜の静けさに包まれながら、わたしはそっと眠りについた。
まるでこの街の呼吸に、身を預けるように。

